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最高裁判所第三小法廷 昭和60年(行ツ)181号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人細川律夫、同井上豊治、同金台和夫、同山野光雄の上告理由について

公職選挙法二〇五条一項にいわゆる選挙無効の要件としての「選挙の規定に違反すること」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反すること、又は直接そのような明文の規定がなくとも、選挙の管理執行の手続上、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が著しく阻害されることを指称し、選挙人、候補者、選挙運動者等の選挙の取締りないし罰則規定違反の行為のごときは、これに当たるものではない。それは、かかる違法行為も多かれ少なかれ選挙の結果に影響する場合が多いであろうが、公職選挙法はその違反者を処罰することによつてこれら規定事項の遵守を期待しているのであつて、その違法行為のために選挙を無効として再選挙を行うことを趣旨とするものではないと解されるからである。もつとも、かような違法行為でも、そのために選挙地域内の選挙人全般がその自由な判断による投票を妨げられたような特段の事態を生じた場合には、選挙の自由公正が失われたものとして、あるいは選挙を無効としなければならないことも考えられないではない(最高裁昭和二七年(オ)第六〇一号同年一二月四日第一小法廷判決・民集六巻一一号一一〇三頁、同昭和三〇年(オ)第四四五号同年八月九日第三小法廷判決・民集九巻九号一一八一頁、同昭和四三年(行ツ)第四五号同年七月五日第二小法廷判決・裁判集民事九一号六三一頁参照)。

本件についてみるに、公職選挙法一七二条の二及び一六九条二項は、選挙管理委員会が選挙公報を発行する場合には、候補者から提出された氏名、経歴、政見等の掲載文を原文のまま選挙公報に掲載すべきものと規定し、同法一七二条の二の規定に基づき制定された加須市選挙公報発行条例の四条一項も、候補者から提出された掲載文を原文のまま選挙公報に掲載すべきものと規定し、さらに同条例に基づき制定された加須市選挙公報発行規程の七条一項は、選挙公報は候補者から提出された掲載文を写真製版により印刷するものとすると規程している。このように、候補者から提出された掲載文をそのまま選挙公報に掲載すべきものとしているのは、選挙管理委員会において候補者の経歴、政見等の内容を審査検討して掲載の許否を決しうるものとするときは、候補者の経歴、政見等の発表の自由を侵害し又は侵害するおそれがあり、候補者の選挙活動に対し不当な制限、干渉を加える結果となりかねないばかりでなく、ひいては選挙の自由公正を害するに至るべき危険が存するため、選挙管理委員会の介入を禁止しているのである。したがつて、候補者の提出した掲載文の内容に虚偽の点が存したとしても、その内容自体が甚だしく公序良俗に反することが客観的に明白であり、これを公表することが条理上許されないものと解すべき特段の場合は格別、選挙管理委員会としては、候補者に対し任意の訂正を勧告することはともかくとして、自らこれを訂正すべき権限も義務も有しないものといわざるをえない。そして、原審の適法に確定するところによれば、加須市選挙管理委員会は、矢沢候補者から提出された掲載文を原文のまま本件選挙公報に掲載しこれを発行した、というのであり、それが右の特段の場合に当たらないことは明らかであるから、仮にその掲載に係る同候補者の学歴に虚偽の点が存したとしても、選挙の管理執行手続に関する規定に違反するところはないものというべきである。また、右の虚偽事項掲載に関する上告人らの主張を考慮したとしても、本件選挙公報の発行によつて選挙人全般の自由な判断による投票が阻害されたとは到底考えられない。したがつて、本件選挙公報の発行は本件選挙を無効ならしめるものでないといわざるをえない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、右の説示と異なる見地に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島 敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦)

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